論文「刈谷藩鍛冶寛重−赤羽刀の中から」


はじめに

刀剣界積年の憂患であった赤羽刀処理問題が、山中貞則会長のご尽力により
議員立法化され、錆びるがままにあった数多の刀が各地の博物館へ移管譲渡
されたことは記憶に新しい。

このたび岡崎市美術博物館においては、譲渡された赤羽刀の研磨を完了し、
旧に復した輝きを一般公開する運びとなった。本稿は、その出陳刀中に刀・
脇指・短刀の三態揃った「刈谷藩鍛冶寛重」を取り上げ、稀少な作例を披見に
供するとともに、若干の私見を申し添えたい。


寛重の作例紹介

寛重は泰竜斎宗寛の門人であり、その足跡は『刀剣美術』第460号、永田光司
氏の「泰竜斎宗寛の門人 寛重の基礎研究」に詳しい。同工は寡作のためか
殆ど世に知られておらず、凡庸な地方鍛冶と誤解されがちであるが、今回採拓
した三振りはいずれも宗寛、あるいは師の師である固山宗次にも紛れる佳作で
あり、高い技量とともに垢抜けた風情を帯びている。
またその経歴も、明治元年十一月以前は師宗寛の側近くで作刀していたとあり、
刈谷藩鍛冶としての作刀期間は、就任早々廃藩置県の憂き目にあって僅かに
過ぎず、三河を本貫とする地生え刀工とは異なる、江戸鍛冶の地方作という括り
が適切のように思われる。


 資料1 刀 銘 一専斎寛重造之
           明治三年二月日

 刃長70.0cm 反り1.2cm
 元幅(鎬筋を含む)3.23cm
 元重ね0.6cm 鎬重ね0.65cm

鎬造り、真棟、身幅広く、反り頃合、大鋒。
鍛えは小板目に微細な地沸付いて精良に詰み、刃寄り棟寄りに帯状の異鉄を
交え、一部幽かな乱れ映りとなる。
刃文は匂口明るく締まった逆丁子、処々焼き頭より匂が地に煙り込み、中程僅か
に荒めの沸絡む。
帽子僅かに乱れ込み、先突き上げごころに小丸、やや長めに返る。
茎生ぶ、先刃上がり栗尻、鑢目筋違、棟鑢とも掛け出しを切りとし化粧鑢となる。
銘字は闊達な隷書を細鏨に刻し、「明」の日偏は「目」とする。挙母神社奉納の
刈谷住人銘明治三年三月紀の刀よりひと月若い作であるが、本刀に刈谷住の
刻銘はない。


 資料2 脇指 銘 刈谷藩鍛冶寛重作
            明治四年六月日
 刃長54.0cm 反り0.9cm
 元幅3.17cm 元重ね0.57cm
 鎬重ね0.63cm

鎬造り、真棟、身幅広く、反り頃合、中鋒。
鍛えは小板目、微細な地沸付いて詰み、刃寄りに低く黒い鉄が帯状をなし、
ハバキ元に肌立つ変り鉄を交える。刃文は頭が揃ったこずみ加減の二つ連れ
互の目に足長丁子交え、焼き頭より匂が地に尖り、刃縁小沸付いて、足よく入り、
ささやかな棟焼かかる。
帽子は乱れ込み、先突き上げごころに尖り、長く返る。
茎生ぶながら少し荒び、先刃上がり栗尻、鑢目筋違、棟鑢とも掛け出しを切りとし
化粧鑢となる。


 資料3 短刀 銘 刈谷藩鍛冶寛重
            明治四年八月日
 刃長28.8cm 元幅2.96cm
 元重ね0.65cm

平造り、真棟、身幅広く、僅かに反り付き、ふくら張る。
鍛えは小板目に微細な地沸付いて精良に詰み、棟寄り高く帯状に地斑かかる。
刃文は匂口よく締まり明るく、起伏ある足長丁子に鈍い沸筋交える。
帽子は乱れ込み、先地蔵風、火焔状に沸付き、やや長めに返る。
茎生ぶ、コミやや長く荒錆付く、先刃上がり栗尻、鑢目筋違、棟鑢とも掛け出しを
切りとし化粧鑢となる。


以上、三態を通観するに、師宗寛が得意とした焼き頭から地にかけて立ち上がる
光線のような独特な映りこそ見られないものの、総じて師風を規範としており、就中、
茎仕立と独特な隷書の刻銘は、鏨運び・付け止めの細部に至るまで宗寛の手癖
そのままに倣って、個性の主張は見られない。

およそ師弟の作風に相似が見られて当然とはいえ、寛重の刻銘は極端に師風への
追従著しい事例と思われるが、大師匠固山宗次の雅号「一専(斎)」を、宗次存命中
にしかも師の頭越しに隔世襲名し、堂々と刻していることはどう理解したらよいので
あろう。
如何に維新動乱の時期とはいえ、徒弟社会の規律を前に勝手な真似が許されよう
筈もなく、宗次の特別な計らいなくしてはあり得ないことと推察するが、あらぬ想像を
巡らせるなら、江戸を離れ新天地に赴く又弟子に対し、宗次からの餞であり評価でも
あったと見るは、飛躍した僻目であろうか。近頃、「刀都」関での修業を終え、埼玉県
へ巣立っていった青年刀工と重なり感じる次第である。


おわりに

本稿は、岡崎市美術博物館において、昨年六月一日から公開された新収蔵品展の
資料作成に当って押形採取した際の所見であり、いわば速報的な内容に過ぎない。
したがって、今後の研究に俟たねばならない処は多々あるが、その参考になれば
幸いと愚考する。


                        (こんどうほうじ・岐阜県支部長)