「鉄仏の製作年代と古伝書「古今鍛冶備考」からみた
　銑押し法と�ﾋ押し法の成立期の検討」

１．諸言
２．古代の製鉄技術
３．調査の方法
３．１　鉄仏の調査
３．２　古伝書「古今鍛冶備考」の調査
４．結果
４．１　鉄仏の調査
４．１．１　製作時代による製作点数の分類
４．１．２　製作年紀による製作点数の分類
４．２　古伝書「古今鍛冶備考」の調査

５．考察

以上二つの調査結果から、銑押し法と�ﾋ押し法の成立期について考察する。
鉄仏の製作年代の調査からわかったことは、鉄仏の製作は平安末期より始まり、
江戸期まで続くが、この間鎌倉時代に製作されたものは５１点で、これは全体の５３%に
あたり、室町末期に製作されたものは２８点で、これは全体の２９%にあたり、両者の
合計は７９点、８１%となる。

ここで注目されることは、平安時代がたった１体であったものが鎌倉時代に入ると
急速に、しかも全国的に増加していることであり、高さ１ｍ台から３ｍ台に及ぶものが
１１体も製作されていることである。特に中でも東京日本橋の大観音寺の仏頭は高さ
１．７２ｍもあり、元来これが立像ではなく坐像であったとしても造られたときの総高は
仏頭の大きさから推計して３倍はあり、５．１６ｍにも及ぶ巨仏であったことがわかる。
これは相当量の銑鉄が必要とされたことは言うまでもない。これらの現象は鎌倉時代には
かなりな規模で効率のよい製銑技術が各地に成立していたと見てよい。
製作年紀の調査から２７点中鎌倉時代のものは１８点、６７%を占めている。そして中世に
あっては「天文」をもって最後の製作となっている。

一方、「古今鍛冶備考」は、前述のとおり、鋼生産は播州千草において天文頃に始まった
としている。
山田吉睦はどのような根拠から鋼生産の開始期を天文頃としたか定かではないが、両者の
時期がぴったり符合していることは極めて興味のあるところであり、本論考の大きな手助け
となる。

それではなで播州千草では天文頃に至って銑生産から鋼生産へと転移したのであろうか。
これを当時の社会事情から考察してみる。天文時代は室町後期にあたり、戦国時代に属すが、
刀剣史から当時の刀剣の特徴を見ると、次のようなことが言える。１．束刀（たばがたな）、
数打物（かずうちもの）というものが大量生産された�F。２．槍が戦場の主流をなした�G。

つまり消耗を覚悟した上での刀剣がたくさん造られたことである。また、戦国乱世の出来事に
ついて言えば天文時代には、勢力１８万人が投入され、洛中の殆どが焼失したという天文
法華の乱が起こり、また、畿内に一向一揆が起こったこと、さらには上杉謙信と武田信玄
による川中島の戦い、その他多くの合戦が行われたことが特筆される。すなわち、この時代に
あっては大量の刀剣が求められたわけであるが、それにはそれ相当の素材が必要となる。
そしてそこで求められたものは、直接鍛錬できる鋼であったと考える。これは農耕具の製作に
ついても同様である。

つまり、銑の場合は、一度「下げ」という技術をもって炭素量を減らして鋼に加工しないと
鍛錬ができないが、鋼（但しこの場合は炭素濃度１ｍａｓｓ%前後のもの）の場合はその手間が
殆どかからないところに利点がある�H。

なお、天文時代に至るまでの中世においては、古代に見られたような小規模な製鉄が依然
刀鍛冶などの間で自家製鉄として行われていたことも考慮しなくてはならない。この場合の
生産物は現代のごく一部の刀匠の間に引き継がれ行われている小型炉を用いた砂鉄卸しによる
ものとほぼ同様なものであったと考える。

つまり、白鋼とは異なり、低炭素鋼が主体で、これに鉄、時には銑が入り混じり、そして
鉄滓を多く含んだものであったことが考えられる。しかし、これを日本刀その他の刃物工具の
素材として用いるのには、多くは「卸し鉄」（おろしがね）といって程よい炭素量の素材に
加工し、また、鉄滓の除去をしなくてはならないが、これには銑下げ同様大変な手間がかかる。

著者は昭和５６年冬、長野県埴科郡坂城町の刀匠宮入清平宅において銑下げの技術を見学する
ことができた。その手法は、ホド（鍛冶炉）の底部に木炭を敷き詰め、ホドの上部に小割りした
銑約１０ｋｇをアーチ状に組み上げ、その上に木炭（松炭）を充填する。これによって炉底部と
アーチ状に組み上げた銑との間は空洞になる。着火して風を送るが、風は炉の後方から送られ、
空洞部を経て炉の前方部へ吹き抜けられる。これによって酸化脱炭を起こさせるといったもので
あった。この場合、銑は溶融滴下されず、塊の状態で脱炭させる手法であった。
Ｆｉｇ．２とＦｉｇ．３にその時の作業写真を示した。所要時間は約６０分であった。

しかしこれには多くのリスクが伴う。たとえば、アーチ状に組み上げた銑塊が作業の途中で
陥没して失敗に終えることもよくあり、また陥没せず、順調に作業が進んだとしても、
「吹きむら」、つまり、程よく脱炭したところと殆ど脱炭しないところなど均等化せず、
ばらつきが生じることなどである。

これにつき宮入刀匠は風の送り方、つまり均等に当てることに特に難しさがあったと
述べていた。また、理由は定かではないが、銑下げは湿度の高い季節に行うと効率的であると
述べていた。

その理由については、今後の研究に委ねるとして、著者が見学した作業においては、槌で叩いた
ときの感触で、同刀匠は炭素量１．７%から０．２%くらいの幅のばらつきがあったという。

成瀬関次は、同氏が検分した銑下げでは、炭素量に１%から０．３%の幅があったという�I。
参考までに現在島根県仁多郡横田町で稼動している「日刀保たたら」（�ﾋ押し法）の生産物の
炭素濃度による分類基準をＴａｂｌｅ１に示した。

無論うまく脱炭できなかった銑塊については、再度同じ作業をおこなわなければならない。
また、逆に脱炭しすぎたものについては、程よい炭素量を得るため、再び卸し鉄の作業を
しなければならない。

Ｔａｂｌｅ２に河内国平刀匠（奈良県）と森脇正孝刀匠（鳥取県）による卸し鉄のデーターを
参考として示した。

両者ともよく吸炭していることがわかるが、これには熟練した技術と多くの手間、
そして燃料（木炭）がかかる。この実験の素材には、日刀保たたら玉鋼２級品（但し３級品に
極めて近い）を使用した。分析は日立金属安来工場冶金研究所に依頼した。

このようにして製作上の手間の解消を図るため直接製鋼法が播州千草において天文頃開発
されたものと考える。そしてこの開発は、我が国における製鉄技術史上極めて貴重なこと
として評価されるべきものである。

以後播州千草においては、江戸期に至っても引き続き製鋼が行われていることが次の
資料でわかる。
Ｆｉｇ．４は藤原氏繁（うじしげ）、Ｆｉｇ．５は藤原右（あきら）、ともに江戸中期頃の
播州の刀鍛冶で、前者には、「千草山丸一以刃金造之」、後者には、「播州宍粟千種丸一以
英鉄錬貫鍛」と刻銘がある。

「刃金」とは、鋼のことであり、「英鉄」とは、優れた鉄（但し、広義の鉄）、つまり
千草の鉄を賛美した表現である。「千草」と「千種」は同語であり、現在においては後者が
用いられている。

Ｆｉｇ．６は、摂津（現在の大阪府北部と兵庫県南東部）の貞享（１６８４〜１６８８）頃の
高名な刀鍛冶長幸（ながよし）が播州千草より素材を調達して作刀したもので、「長幸於摂津国
大坂以千草鉄鍛之」と刻銘がある。同工の姓は「多々良」で、他にも「以播磨国宍粟鋼鉄」
（貞享３）�Jなど千草鋼による作品が多く存在する。

Ｆｉｇ．７は、寛政（１７８９〜１８００）頃の播州の刀鍛冶正繁（まさしげ）の作品で、
「以石州出羽八万白剛鉄鍛之」と刻銘がある。これによって播州千草の白鋼吹きが江戸時代
後期には石州（現在の島根県西部）の出羽（いずわ）にも伝播されたことがわかる。白鋼には
「四方白」と「八方白」とがあるが、四方白とは四方から見ても美しく、八方白とは八方から、
つまりどの角度から見ても美しい鋼（精鋼）と解されるものである。

そしてこの�ﾋ押し法は前述のとおり、島根県仁多郡横田町において、日本美術刀剣保存協会の
手により、「日刀保たたら」として稼動している。


６．結論

本論の題目による調査に限ってみた場合、銑押し法は鎌倉時代には本格的なものとして
成立していた。�ﾋ押し法が開発されたのは室町時代後期、天文頃である。以後両技術は、
近世に至ると一度の操業で量産を可能とする大型炉による、より高度な生産技術へと
進展していったものと考える。

７．補完
文献