「鉄仏の製作年代と古伝書「古今鍛冶備考」からみた
　銑押し法と�ﾋ押し法の成立期の検討」

１．諸言
２．古代の製鉄技術
３．調査の方法
３．１　鉄仏の調査
３．２　古伝書「古今鍛冶備考」の調査
４．結果
４．１　鉄仏の調査
４．１．１　製作時代による製作点数の分類
４．１．２　製作年紀による製作点数の分類
４．２　古伝書「古今鍛冶備考」の調査
５．考察

６．結論

本論の題目による調査に限ってみた場合、銑押し法は鎌倉時代には本格的なものとして
成立していた。�ﾋ押し法が開発されたのは室町時代後期、天文頃である。以後両技術は、
近世に至ると一度の操業で量産を可能とする大型炉による、より高度な生産技術へと
進展していったものと考える。

７．補完

（１）たたら製鉄にはその二大技術として、銑押し法と�ﾋ押し法があることを述べたが、
これら以外に低炭素鋼、軟鉄、錬鉄などと通称されるものが古代から生産されてきたことも
事実である。これらは刀鍛冶などの間で自家製鉄として行われてきたと思われるが、
銑押し法が確立するとその生産物である銑は、鋳物の材料のほか、上記の製品を造るための
素材に供された。これはある種の職人（後世にいう大工）が脱炭精錬を行い製品に加工する
もので、これは後世「包丁鉄」などと呼ばれた。このことから、銑押し法の確立を考えるとき、
この精錬技術が鎌倉時代に存在したかどうかが問われる。これにつき著者は次の調査から
同時代に当該技術が存在していたものと考える。

Ｆｉｇ．８に南北朝時代の永徳２年（１３８２）製作された備前長船政光の太刀（たち）の
断面の中央部のミクロ写真を示した。フェライト組織であることがわかる。化学分析の結果、
炭素濃度０．０６ｍａｓｓ%を検出した�K。これは包丁鉄としての濃度を示している�L。

日本刀は折れず、曲がらず、よく切れるといった武器としての機能を追及した結果、
炭素濃度の低い「心鉄」（しんがね）を炭素濃度の高い皮鉄（かわがね）で包む方法が
考案され、主な日本刀がこの構造を採用している。本作が製作された永徳２年は鎌倉時代の
終わりから数えて約５０年後にあたるが、鎌倉時代に脱炭精錬の技術が存在したことが
この資料により十分類推される。

（２）「鉄仏・鉄製品一覧」を見ると、その多くが東日本に存在している。このことから
鉄仏の製作に全国性がないのではという指摘が出よう。しかし上記「一覧」において、
鎌倉時代には北は東北、南は四国、九州に至るまで広範囲にわたり製作されていることも
事実である。鉄仏の製作は当時全国的なものだったといえる。なお佐藤は鉄仏が東国で
多く造られた理由として「鉄という堅固な材料、そして粗野な感覚を示す鉄仏と言うものが、
鎌倉武士、特に土のにおいを身につけたような東国武士たちの気質にぴったりとする
ところがあったのではなかろうか。鉄仏の初期の像が、殆ど武士たちの発願で作られた」�Mと
述べていて、この意見に同調する。

（３）白鋼と並び称されるものに「延鋼」（のべはがね）がある。延鋼とは「古今鍛冶備考」
によれば伯州日野郡印可で生産されたもので、白鋼とは異なり精鋼・粗鋼が入り混じった
ものをいう。
「鉄山必用記事」の著者下原重中仲は同書において、延鋼の生産開始期は白鋼のそれより
古いとの見解を示している。これに対し、大阪の鉄商人中川氏はこの下原の考えにつき、
「これはそれ以前のことを調べずに書いたものと思われる。鋼は播磨・美作・出雲の
どの州でも古くから白鋼として造っていたとし、著者の間違いを改めるべく意見書を
提示している�N。これからすれば延鋼より白鋼が先行していたことになる。

（４）白鋼の破砕法について延べる。「古今鍛冶備考」は次のように記している。
「大鑽を用いて十文字に破砕し、そのままの状態で放置しておく。火気がなくなりさめた
ときにこの精鋼を破砕場へ移し、大槌でひと塊ずつに打ち割って製品とする」。
つまり、「銅」を落下させて破砕する、いわゆる「銅折」とは異なる手法がとられて
いたことがわかる。これは千草の�ﾋが近世の�ﾋに比較して小さい（約半分）ことから
銅を用いない破砕が可能であったと考える。また、同書は延鋼の破砕も同様であった
ことを記している。


文献