1号刀 太刀 銘 長光
身幅広めに反りが高く、腰反りつき、先へも反りが加わり、中切先となる鎌倉中~後期頃の姿。
地鉄は板目に杢目、肌立ち、乱れ映りたつ。刃文は丁字を主体に互の目・小丁字・蛙子風の丁字が交じる。
本作は総じて長光より古くみえ、古備前や古一文字を想わせる作であるが、物打ちや腰元の焼は低くなり、互の目が連れる様子や、
横手下などに頭の丸いむっくりとした互の目丁字がみられるところなどに長光らしさがある。
2号刀 短刀 銘 来國次
重ね厚く、身幅やや広く、反りはほとんどない、鎌倉末期~南北朝最初期の姿。地鉄よくつみ、沸映りたち、地斑状の肌を交える。
刃文は小湾れに互の目・小互の目交じり、小足・葉入り、小沸よくつき、金筋・砂流しかかり、湯走りを交え、匂口明るく冴える。
来國光と来國次とでは顕著な違いはないが、あえて言うならば、来國次の方が少し互の目が目立ち、
焼が来國光より少し高めで、沸が強い傾向がある。
3号刀 脇指 銘 信國(左衛門尉)
身幅の割に寸法が延び、重ね厚く、反りのあまり目立た無い、応永頃の姿。地鉄は板目に少し杢目を交え、裏やや流れごころ。
刃幅は広く、やや角がかった大互の目や箱刃風の湾れを小湾れでつなぎ、処々二つ連ねた互の目を交える。
足・葉入り、沸よくついて、部分的に湯走り・飛焼・棟焼、金筋・砂流しかかり、匂口明るい。
表裏に丸止めの刀樋、樋中に梵字を二字陰刻、その下に梵字、表はさらに蓮台を連刻する。
4号刀 刀 銘 冬廣作
反り深くつくものの、目立って先反りついた姿に、帽子をほぼ一枚に深く焼いていることから、室町末期頃の作と考えられる。
地鉄は板目に杢目・大板目交じり、肌立ち、若干黒味がかる。
刃文は元に短い焼出し、その上は広直刃、処々小湾れ、小互の目を交え、足・葉入り、小沸つき、金筋入り、飛焼・棟焼を交える。
5号刀 刀 銘 表・長曽祢興正 裏・(金象嵌)延寶三年卯三月廿八日 砂川伊兵衛久重(花押) 貳ツ胴切断
3号刀 短刀 銘 氏房作
形状は平造、反りわずか。地鉄は小板目わずかに流れ、鮮明な乱れ映り立つ。
刃文は小沸つき、匂口締まりごころの湾れに尖り刃や互の目。帽子は少し乱れ込み尖りごころに深く返る。
茎は先栗尻、鑢目勝手下がり、目釘孔二、内一ツ埋。
まず地鉄をみますと、板目が流れて美濃の映りが鮮明にでています。
そして美濃の中でも小沸出来の湾れ調に尖り刃や互の目を交えるのは大体氏房に多いと思います。
ただ同時代の氏房も何人かいると思われるが、本作が若狭守かあるいは誰の作かという特定は出来ません。
4号刀 脇指 銘 表・備州長舩家助 裏・應永卄六年八月日
形状は鎬造、地鉄は乱れ映り立つ。刃文は小乱れ調に丁字や腰開きの互の目、湾れを交え、ややこずむ。
茎は先栗尻、鑢目浅い筋違、目釘孔三、内二埋。
まず鎬造の脇指は南北朝時代以前にはほとんどなく、古くても応永位からと思ってください。
そしていわゆる応永備前でも、盛光や康光であれば腰開きの互の目が連続する様な刃文が多いですが、
本作はこずんだ感じのする刃文になっており、その辺りをみていただいて、家助や経家とみていただければ結構かと思います。
5号刀 脇指 銘 肥前國河内大掾藤原正廣
形状は鎬造。地鉄は小板目詰む。刃文は互の目乱れ、匂口深く、焼刃の谷に沸よくつき砂流しかかる。
茎は剣形、鑢目筋違、目釘孔一。
本刀は初代正廣の作で、正廣は直刃にも上手な作がありますが、こういった沸のよくついた互の目乱れの上手な作が多いです。
また刃文をよくみますと、焼刃の谷の部分に沸がよくつき、砂流しがかかっており、これは正廣や他の肥前刀にみられる特徴かと思います。
ちなみに大坂新刀の場合は比較的谷より山の方に砂流しがかかるものが多くなります。
第3回定例研究会
平成30年9月15日(土)近藤邦治岐阜県支部長に講師を務めていただき、関市文化会館にて第3回定例研究会を開催いたしました。
また鑑定刀として一号刀から備前・山城・相州・美濃・大和のいわゆる五ケ伝を用意して頂きました。
1号刀 太刀 銘 真長
本作は身幅が尋常で腰反りつき、少し踏ん張りの弱いところがあるが、先へ伏さりごころが無いところから、
鎌倉時代後期から末期にかけての姿と捉えられます。
また身幅は尋常ですが、重ねが少し厚めで庵棟が少し低いところなどは長舩物によくみられる特徴で、特に帽子はいわゆる典型的な三作帽子を
している為、こういったところから長舩物の三作のいずれかであると捉えることが出来ると思われます。
そして三作というと長光・真長・近景あるいは景光のことを言う様ですが、特別この帽子が多いのは真長で、
昔は真長帽子という言い方もされていた様です。
入札の札としましては近景の札が若干みられましたが、近景でしたら逆足が入るところや小沸がつくと思います。
また近景の三作帽子は少し横手が下がってみえるとされています。
そして長光の札が結構みられました。長光は真長の弟あるいは弟子といわれており、作風としては殆ど区別がつけ難いと思いますので、
長光の札も当たり扱いとさせて頂きました。
それから景光という札もありましたが、景光は地鉄がもっと美しく詰み、刃文にも逆ごころが交じっているかと思います。
なお本作には江戸初期は下らないと思われる三つ葉葵紋の鎺が付いております。
2号刀 短刀 銘 来國光
身幅が広く、反りが無く、身幅に比べて重ねがやや薄目というところから、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての過渡期の姿と捉えられます。
そして地鉄は小板目詰んで冴え冴えとし、沸映りがたっているところから、京物と考えられると思います。
ただ来物といいますと地鉄に緩んだところがみられる、いわゆる来肌がある事がありますが、本作は研ぎ減りも殆ど無くズングリとした姿で、
大変健全な状態ですので、これが本来の来の地鉄の良いところと、捉えられると思います。
また刀樋に連樋を掻き流していますが、京物の彫は棟寄りに高く樋を彫るといわれており、それらは特に粟田口物に多い様ですが、
この様に来物も棟寄りに高く彫ります。
姿だけをみますと、粟田口國吉や包丁藤四郎などにも見紛うと思いますが、今回は粟田口一派への入札は無く、
代わりに美濃物への入札がありました。
美濃になりますと、重ねがもう少しあり、先反りがつき、ふくらもあと少しつくかと思います。
そして刃文をみますと、互の目を主調とし、粟田口物の様に物打ち辺りで焼幅が狭くなるという事がありません。
また小沸がよくついて、中ほどにも金筋状のものがみてとれ、そういったところから来の中でも國光や國次と考えられるかと思います。
来國光と来國次では殆ど違いはありませんので、今回は来國次も当たり扱いとさせて頂きました。
3号刀 脇指 銘 相州住綱廣(三代目)
少し短めでいわゆる片手打ちの様式で、身幅が広めで元先の幅差が少なく、切先が延び、先反り付き、慶長新刀の先駆けと思われます。
刃文をみますと、非常に激しい丁字乱れで、こういった刃文ですと備前の祐定などにもみられますが、この姿の時代にはもう祐定はおりません。
祐定以外の刀工で、こういった刃文の刀工ですと、豊後高田・嶋田・末相州が候補にあげられると思います。
ですが豊後高田ですと、九州物ですので地鉄がもっとネットリとし、嶋田の場合はどちらかというと、末関風の刃が交じる事が多いと思います。
そして本刀を末相州と捉えて頂きたいところは刃文の焼幅で、刃文の谷から刃先までの幅があるところです。
土取りをみますと、広直刃を置き、その上でだけ乱れている様なところがあり、刃先の方に深い足や葉が入らず、
本作のようなグチャグチャと乱れた刃文が末相州の特徴だと思います。
4号刀 短刀 銘 千手院作(赤坂千手院)
研ぎ減りがあり時代の特定が非常に難しい作でしたが、ふくらが枯れており、室町期と捉える事はできるかと思います。
刃文は沸出来で、決定的な特徴としましては帽子が焼詰めになっており、ここで大和系統であるとみてとれます。
それから映りがありますが、叢雲状のふわふわとした物が交じっております。
この映りが兼元・赤坂千手院一派の地鉄にみられ、関鍛冶には無い様に思います。
赤坂千手院と言いますと、通常こずんだ尖り刃が多いですが、本作の様に美濃物であっても大和気質に富んだ物もあります。
5号刀 刀 銘 南都住藤原包貞
鎬は高く、鎬幅も広い、平地は小板目ですが、鎬地は柾目、刃文は直刃にほつれ、喰い違い刃があり、帽子も焼詰めに近く激しく掃き掛ける、
といったところから、大和系統と捉える事ができるかと思います。
そして姿が鎌倉時代まで遡る物では無く、室町時代の打刀の姿をしていますので、そういったところから末手掻とみて頂きたいです。
また兼常の入札がありましたが、兼常であってもおかしくはない様な作風はしています。
ですが答えとしましては包貞ですので、末手掻一派に入れて頂ければ当たり扱いとさせて頂きました。
第2回定例研究会
平成30年7月14日(土)公益財団法人日本美術刀剣保存協会・学芸部長、日野原大先生に講師としてお越し頂き、
岐阜市南部コミュニティセンターにて第2回定例研究会を開催いたしました。
1号刀 太刀 銘 真景(古伯耆)
鎺元踏ん張りのある生ぶの姿、長寸で元先の幅差開き、小切先に結ぶ。
地鉄は大板目に大杢目を交えて、鉄色は暗味強く、色変わりの鉄や地斑状の映りがみられる。
刃文は腰元焼落とし、刃沸強く匂口沈む古風な小乱れ調。
真景は古伯耆真守の子、または弟子とされる。
2号刀 刀 金象嵌銘 尻懸則長磨上之本阿(花押)〈光室〉
鎺元の踏ん張り少なく磨り上げ、尋常よりやや広めの身幅、元先の幅差あまり開かず、中切先延びごころ、鎬幅広く、鎬高い。
地鉄は板目に流れを交えて部分的に肌立つ、暗味を帯びた綺麗な鉄。
刃文は直刃調、小互の目連れて湾れを交える。刃縁さかんにほつれ、金筋・砂流しかかり、地沸厚くつく。
3号刀 太刀 銘 備州長舩家助 永享九年八月日
磨り上げてあり、踏ん張り少なめ。元来は身幅尋常、元先の幅差開き腰反りつき、先へも反りの加わった室町初期・応永頃の姿と思われる。
地鉄は板目に杢目を交えて肌立ち、地景を交えて乱れ映り立つ。
刃文は腰の開いた匂勝ちの乱れを基調に、尖り刃・角互の目、帽子はろうそく風に尖る。
4号刀 短刀 銘 近江大掾藤原忠廣
刃長八寸八分の常寸で身幅尋常、僅かに内反り、やや重ねが厚い。
地鉄は小板目詰み、総じて肌目が細かに立つ。
刃文は帯状の直刃、帽子はふくらと平行に返る。
5号刀 刀 銘 (三日月文)大慶荘司直胤(花押) 文化八年仲秋
身幅尋常、元先の幅差開いて反り高く、上半へ先反りも加わる。
地鉄は小板目詰まって無地風。焼頭から煙込むように映り立ち、映りの中に処々白くかたい焼きのような組織がみられる。
刃文は腰の開いた互の目・尖り刃・角がかった刃、帽子は乱れ込んで尖りごころ。
茎に三日月の彫があるが意味は解かっていない。文化年紀の作に集中してみられる。
2号刀 短刀 銘 宇多國久(後代・室町時代後期)
姿は平造、庵棟、身幅尋常、重ねやや薄く、僅かに反りつく。表に刀樋、裏に二筋樋を掻き流す。
地鉄は小板目主体に杢目・流れ肌を交え、地景よく入り、地沸つき、白け映りたつ。
刃文は直刃基調に小湾れ・小互の目を交え、処々ほつれ、二重刃がかかり、足入り、匂深く沸よくつき、太めの沸筋が交じる。
帽子は直ぐに小丸に浅く返り、掃き掛ける。
茎は生ぶ、先栗尻、鑢目筋違、目釘孔三、差表の棟寄りにやや太い鏨で四字銘を切る。
3号刀 脇指 銘 越前國下坂貞次
姿は平造、三ツ棟、寸延びて身幅やや広く、やや重ね厚く、反り浅くつく。表に素剣と護摩箸、裏に下り龍を彫る。
地鉄は板目に小杢目交じり、棟寄り柾に流れ、肌立ちごころに地沸つき、地景入り、鉄色やや黒みをおびる。
刃文は湾れに互の目・丁字を交え、焼き高く、匂深く、沸よくつき、総体に砂流しかかり、匂口やや沈む。
帽子は表が尖り気味に、裏は小丸に深く返り、掃き掛ける。
茎は生ぶ、先栗尻、鑢目桧垣、目釘孔一、差表の目釘孔下、棟寄りに長銘を切る。
4号刀 短刀 銘 兼
㝎 【重要刀剣】
姿は平造、三ツ棟、身幅寸法とも尋常、元重ねに比べて先重ねが目立って薄くなり、僅かに内反り。
地鉄は小板目、上半に流れ肌・地斑ごころ交じり、棟寄りに白け映り立つ。
刃文は細直刃、匂口締まり冴える。
帽子は直に小丸、返りやや深く倒れごころとなる。
茎は生ぶ、先栗尻、鑢目桧垣、目釘孔一、差表の茎尻近くに二字銘を切る。
5号刀 刀 銘 七十二翁 荘司美濃介藤原直胤(花押) 嘉永三戌年二月吉日
姿は鎬造、庵棟、身幅やや広く、元先の幅差つき、重ね厚め、腰反りつき、中切先。表裏に樋先を下げた棒樋を掻き通す。
地鉄は板目に杢目交じり、総じてよく詰み、無地風を呈し、地沸細かにつく。
刃文は片落ち互の目主体に、丁字・互の目、尖りごころの互の目を交え、足入り、小沸つき、匂口明るく、鎺元うるむ。
帽子は小丸に返る。
茎は生ぶ、先刃上がり栗尻、鑢目大筋違に化粧、目釘孔一、佩表に長銘および花押、裏に年紀を切る。