当支部会員参加による行事日程

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 古式日本刀鍛錬 一般公開
 刀匠、研師、柄巻師、鞘師、白銀師の実演
 会場・関鍛冶伝承館
 1月2日、2,3,4,5,6,7,8,9,11,12月の第1日曜日
 10月は、関市「刃物まつり期間」に開催
 ※現在新型コロナウイルス対策の為、休止する場合があります。


令和3年度「支部活動」日程

支部活動 期   日 会   場
 第1回定例研究会・総会
 令和3年 5月22日(土)   せきテラス
 第2回定例研究会
 令和3年 7月3日(土)   岐阜市南部コミュニティーセンター
 回定例研究会  令和3年 9月19日(日)   関善光寺
 回定例研究会  令和3年 11月13日(土)   岐阜市南部コミュニティーセンター
 回定例研究会  令和4年 1月15日(土)   グランヴェール岐山
 6回定例研究会  令和4年 3月19日(土)   岐阜市南部コミュニティーセンター

※ 研究会に一般参加・見学を希望される方は事前に、住所・電話番号・氏名・年齢・職業を記してお申込み下さい。

申込先 : 〒500-8258 岐阜市西川手四丁目20番 日本美術刀剣保存協会岐阜県支部 
      e-mail houji@pg8.so-net.ne.jp
(当日の飛び入り参加、および反社会的団体に関係する方は固くお断りいたします。)

尚、参加会費は 1,000円/1回 を申し受けます。

 第2回定例研究会

 令和3年7月3日、岐阜市南部コミュニティーセンターにて公益財団法人日本美術刀剣保存協会学芸部調査課長、大井岳先生に講師としてお越しいただき、第2回定例研究会を開催いたしました。 

1号刀 脇指 銘 加藤長運斎綱俊 天保十二年二月日

(刀剣美術649号より引用)

身幅が広く鋒が延びており、重さがあるので慶長前後ないし新々刀と捉えられます。

地刃の様相は瑞々しい感じがあり、鍛えは小板目がよく詰み無地鉄風となります。そうした所も踏まえて新々刀と見ます。比較的起伏が目立つ丁字と小互の目が連れた刃文で、型押しとよばれる型を使って土置きをしたような、三寸三分ほどの間隔で繰りかえす刃文を焼いています。

新々刀の丁字乱れで一番初めに繰り返す刃文を使い始めた人となると、長運斎綱俊や弟子の固山宗次、泰龍斎宗寛と見ることができます。

固山宗次に焼き出しはほとんどなく、長運斎綱俊にはあると言われていますが、今作に関しては特徴が出ていないため、一番考えやすいのが固山宗次です。

泰龍斎宗寛という札もありました。固山宗次と長運斎綱俊はあまり映りが目立ちませんが、今作には少し映りがあるので、そこを捉えられたのかと思います。叢沸についても、時代が下がった泰龍斎宗寛には見られますが、もう少し起伏の少ない小模様な刃文の場合が多くなります。

帽子についても固山宗次の方が下の刃文のまま乱れており、長運斎綱俊は下に比べて穏やかになります。二代と合作する頃の弘化・嘉永・安政時代の作になると刀身の乱れも小さくなり、帽子も直ぐに丸く返るものが多くなります。

2号刀 脇指 銘 長曽祢虎徹入道興里 

(乕徹大鑑より引用)

木戸孝允所持と伝わる折り返し銘の虎徹・ハネ虎であります。

特徴とされる腰元の焼き出しは、磨り上がっていますが僅かに確認できます。

元に焼き出しがあり、起伏のある互の目を焼いています。部分的に箱刃風であったり、瓢箪刃といわれる互の目が二つ連れたような乱れが入っていますので、地刃の冴えなども捉えて虎徹と見ることができます。

通常のハネ虎は、尖り刃や地蔵風の帽子といった美濃風が強くなります。 それに比べると比較的丸みがあって数珠刃に近づいているような刃文であり、沸もムラに付いたりせず均等に付いています。この銘字は寛文二年くらいのもので、寛文四年になるとハコ虎に変わります。

瓢箪刃が見られる末関風の作風から、数珠刃といったハコ虎の作風に近づいてきた頃の作品と見ると、匂い口の明るさや比較的に整った沸などから虎徹と判断できるかと思います。

3号刀 脇指 銘 大和 эZ人九郎三郎重國居駿河州後於紀伊州明光山作之 元和八年戌八月吉日 羽掃 為都筑久太夫氏勝作之
(棟銘) 鑿物天下一池田権助義照

(鉄の芸術近世の名刀24より引用)

元和五年から八年にかけて本作のように彫物が入った入念作が多く見られます。

身幅が広く、重ねも厚く、先反りが強くついていることから慶長新刀と捉えられます。 

南紀重國の特徴として、板目が流れた中に大きな杢が入るといわれています。本作も裏側に板目が流れている所がありますが、彫で確認できません。 但し南紀重國だと思って見ますと、刃の中に杢が入っています。

刃文を見ると下半の方は直刃調の刃文を焼いて、そこに少し小互の目が交ります。上半に行くに従って刃幅が広くなって互の目や丁字足を賑やかに焼いて、金筋や砂流し、沸筋が盛んに入り、沸付きが強いです。そうした所に相州伝の作風がよく出ています。 帽子が焼き詰めている所は大和伝の作風が出ています。こうした相州伝と大和伝を一緒にしたような所に南紀重國の特徴が見られます。

4号刀 太刀 銘 國村

(麗 昭和46年7月27日より引用)

延寿國村は長寸なものが多く、元先の幅差が開いて鋒が詰まった姿になります。鎌倉後期というよりは、少し時代が上がったような姿が多いです。

反りは輪反りとなっていて、後樋ではありますが、棒樋の丸留めが多く見られます。

乱れ映り風の部分や、筋映り風だったり、沸映りなのか関映りなのか判然としない箇所など、非常に色々な映りが立っています。

一見綺麗な鉄ですが、所々肌立っていたり鍛えにムラがありますので、そこが延寿の特色と言えます。

延寿國村は普通長寸でありますが、匂い口がしまった感じの寂しいものが多いです。

今作は小乱れ風の刃文や小互の目なども入っており、足を見ると所謂京逆足が入っています。

来系の足というのは足先がすっと無くなったり、ふわっと拡散する。延寿ですと足の先までしっかり匂い口がある丁字足が入りやすいですが、今作にもそういった所があります。

それから帽子ですが、来國俊であれば小丸がやや深めに返って富士形帽子になります。今作は小丸になって返りが浅くなっています。そうした帽子や鍛えの特徴から延寿と捉えられるかと思います。

5号刀 太刀 銘 國縄

(第19回重要刀剣等図譜より引用)

古伯耆と見るのが素直な見方だと思います。

腰反りが強く元先の幅差がついて、先に少し伏さりごころがあります。

古い太刀姿をしており鍛えは板目が肌立っている。鉄も少し黒味があって、鎬近くに地斑映りが立つ。身幅に比して鎬幅が狭いのは、古伯耆物によく見られます。

刃文は古い時代の小乱れ風の刃を焼いて、刃肌に絡んだような打ちのけやほつれが入っています。

そういった所を捉えれば、安綱と入れるのではないかと思います。

古備前にも相州伝に繋がっていくような、本作のように肌が荒れた古伯耆に近い出来があります。

比較的鉄が綺麗な正恒、それに比べて姿は良いが野趣がある友成、比較的肌立って沸が強かったりする吉包といったように、作風に幅があります。 

古伯耆と古備前を比べると、安綱のような大きな銘に対して鎬幅に収まる銘となっています。今作は焼き落としも無く、比較的匂い口が明るいです。沸付きも古伯耆に比べやや弱くなり、通常焼きが低くなる古伯耆に対して、これは少し高めになっています。

古伯耆は乱れの中に比較的はっきりした小互の目や小丁字が入りますが、本作は小丁字が僅かに入る程度で小乱れとなっています。 以上の点に違いを捉えられるかと思います。


 第1回定例研究会・総会

 令和3年5月22日(土)せきテラスにて、日本美術刀剣保存協会富山県支部事務局、山誠二郎氏に講師としてお越しいただき、第1回定例研究会・総会を開催いたしました。

 

 1号刀 太刀 銘 備州長舩元重


 踏ん張りが抜けている点から磨り上がっていると見て、先に行っても反りが加わっている姿をしているので時代は鎌倉末期と捉えられる。

 通常であればもっと肌立って、流れた肌合いが交じり柾がかったところが交じると一般的に言われるが、この太刀はよく詰んでいるので長舩正系の景光や近景、或いは陰の尖り刃を見て雲類、澄肌系の地鉄や逆がかった刃文も見られるので、青江という札もいい見方だと思います。


 一般的に長舩正系とは違った別系統の刀工で、地鉄は正系に譲るところがあり、角互の目が連れて間が延びた刃文を焼く。そういった特徴が出ている箇所があるので、そこをどう捉えるかだと思います。難しい出来ですので、鎌倉時代の末期頃の備前刀工と見られたらいいと思います。


 2号刀 短刀 銘 藤嶋友重


 藤嶋友重は越前の藤嶋、そして加賀に移って作刀したと伝えられており、地鉄を見ると則重を意識したような大きい杢が入っていて、松皮肌風の肌合いをしています。刃を見ると砂流しがしきりにかかって湯走り状の刃が交じり、太目の金筋が入って非常に覇気のある出来となります。鎌倉時代後期の則重にある、フクラが枯れて内反りになった所謂筍反りに似た感じがありますので、則重という札もありました。

 藤嶋は備前風、美濃風、大和風などの作風が混在するといわれています。一般的には互の目が角ばって角互の目風になり、それが二つ繋がって鬼刃といいますか矢筈風のような刃を焼きます。則重との違いは、この短刀は映りっぽいものが出ていますが、則重にはあまり映りは出ない。則重の松皮肌はもう少し地鉄が肌立つというか、地景が見やすいというか、この作はそれほど太い地景も入っていないので、その辺りが弱いです。

 また、この短刀は寸が延びていますが、則重であればこの身幅ならもっと短くなる可能性があります。茎は刃上がりが強い栗尻になっており加州刀工の特徴となります。加州新刀になると片削ぎの加州茎といわれるように、茎の刃側を削いだ茎になるのでそのきらいが少しあります。


 3号刀 太刀 銘 盛光


 1号刀と比べると先の反りがかなり強くなっています。
 これは磨り上がっていますが、先の反りが深めについているという点と、最も代表的な刃文である腰開きの互の目が焼かれている点、地鉄に杢が交じるというところから応永備前と見ます。
応永備前の刀工には盛光と康光がいますが、どちらかというと盛光の方が華やかと言われています。今作は盛光の特徴である焼きの高低が高い腰開きの互の目を焼いているので、盛光と見ていただきたい。 それと末備前の札もありましたが、若干姿が違います。


 4号刀
 脇指 銘 表 長曽祢興里虎徹入道 裏 同作彫之 寛文元年八月日


 オク里ハネ虎銘と呼ばれる、虎徹でも若い時期の作になり、「興」の字が「奥」に似ていることからオク里銘と呼ばれています。
 寛文四年八月を境に、大小の互の目が連れたような瓢箪刃を焼くハネ虎から、互の目の頭が揃った数珠刃を焼くハコ虎に変わるとされていますが、今作のようにハネ虎の場合でも瓢箪刃になっていないものもあります。
 表が片切刃、裏が鎬造りで大鋒になっている姿は虎徹に割とあり、こうした造りの場合は彫刻が入る割合が高いです。

 そして裏の鎬造りの鎬が柾になっていますので、時代は江戸と捉えたい。

 虎徹と捉えるのはなかなか難しいかもしれませんが、作品的にこういうものがあると覚えていただければと思います。


 5号刀 刀  銘 表 井上和泉守國貞 裏 (菊紋)寛文三年二月日

 真改國貞といわれる井上真改の國貞銘の作品です。

 井上真改は親國貞の子で初め和泉守國貞と切り、万治四年三十歳のときに朝廷から菊紋を賜り菊紋を切ります。彼が四十二歳の時、寛文十二年の八月から真改となります。

 寛文十二年の少し前から沸が深い、通常真改にみられる作風にかわっていくが、最初は親國貞に似た作風を示し、今作も刃取りや、刃幅を広げず真っ直ぐ立ち上がる焼き出しは親國貞によくあるものです。


 拳形の丁子が散見されるので、中河内の札が結構ありました。非常にいい見方だと思いますが、それであれば上に行くに従って刃幅を広げた大坂焼き出しといわれるものになります。

 また姿を見ると寛文新刀の姿をしており、親國貞になるともう少し反りが加わった寛永位の姿になりますので、刃取りで親國貞とみて、姿で寛文となると、今回の真改國貞と言われる國貞の作品と見られるかと思います。



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